蒼き魔女リヴィア 外伝 終幕


「ん……んぁ、は……あぇ、ろ、ひて……わらひ……」
  微かな明るさ、それが朝日だとおぼろげながら気づき、リヴィアは目を覚ました。
  なにやらフラフラと揺れている気がするが、それを懸命に支えながら、軽く頭を振って状況を思いだそうとする。
(そう、だ……あたし、あの娼婦たちと……女たちに、ずっと……それで、気を失って――えぇと、それから……)
  みるみる甦る羞恥の記憶に顔を赤らめながら、それでもなんとか糸を辿り、あれからどうなったかを思いだしてゆく。だが気絶していたせいで思いだせることはなにもなく、どうやら気を失った自分を放って、女たちが去ったのだと理解することにした。
(……なんか、スカウトするみたいな話をしてた気もするんだけど……)
  その割には薄情な――そう思ったところでようやく、周囲の状況が気を失ったときとは異なっていることに気がつく。
「え……あ、あれっっ?  なんでっ、ここ、どこっ……あたし、たしか街に……」
  さっきから揺れていると思ったが、それは意識が朦朧としているせいではなく、自分の寝転んでいた場所がゴトゴトと揺れているからだった。そしてそこはあのステージの上でも、街の広場でもなく、もちろん売春通りでもない。
  街へ向かう街道の途中、そこを緩やかな速度で走る馬車の上だった。
「ば、馬車……って、どうして……誰が……」
「――あら、目が覚めたのかしら、リヴィア?」
  不意にかけられた声、それも自分を呼び捨てながら、それでいて柔らかさを失わない美しい声音に、全身が弾かれたようにビクンッッと震え上がった。
「イ……イリーシャ、様っ……で、では、これ……この馬車はっ!」
「ええ、わたしが用意した馬車よ……どうやら、もう具合はいいようね?」
  全面を覆うのではない、商店の雨避けのような幌をつけた、荷物ではなく人を乗せるための馬車だった。引いている馬は魔法で操っているらしく、御者台は空になっている。座席に腰掛け、眠っていたリヴィアの頭を、あろうことか膝枕してくれていた愛しい主人が、緩く唇を笑ませて髪を撫でてくれた。
  その感触にゾクゾクッと得も知れぬ快感を覚えながら、少女は一瞬にして跳ね起き、車の足置きとなっていた床に跪いて、頭を擦りつける。
「もっっ……申し訳ありませんでしたっ、イリーシャ様っっ!  こ、このようなお手間とご足労をおかけして、迎えに来ていただいたばかりかっ……あたしなんかのために、お膝を貸してくださって……なんとお礼を……あぁ、いえっ……どのようにお詫びすればよいのか……本当に、申し訳なくっ……」
  主人からの寵愛を感じ、心が嬉しさにわななく。けれどそんな苦労を強いてしまった自分の至らなさに、涙がこぼれそうだった。
(しか、も……あたし、あんな……イリーシャ様は、ずっと見ていらっしゃったのに……普通の女たちにまで屈して、ぶ、無様な姿を晒してっ……)
  それが元で主人に見捨てられたとしても、自分は言い繕うことさえもできない。イリーシャ様の持ち物であるこの身を、多くの女に好き勝手弄らせてしまったのだから。
  そこまでを思い、リヴィアはさらに恐ろしい事実に気づいてサッと顔を青くする。
「あっ……あたっ、あたしっっ!  イリーシャ様っ、その……あ、あれ?」
  変貌してしまった身を隠すことはできないと、スカートをめくってその部分を晒そうとした――が、下着も穿いていない剥きだしの秘部は、生えていたはずのみすぼらしいペニスがなくなっていた。
「な、なんでっ、あれっ……えっ、ど、どこにっ……?」
「――落ち着きなさい、リヴィア」
  冷たい声が耳を撫でる、それだけで一瞬にして思考が真っ白になった。
「あ、う……は、はい……」
  その声の響きは、自分の魔力をすべて剥奪して王国に返すと脅された、あのときのものと酷似していた。その恐怖が骨に、身に、そして心に染み込んでいるからこそ、言葉も失ってリヴィアは頭を垂れる。
(お、お怒りに……っ、イリーシャ様、どうか……どうか、お見捨てにならないでくださいっ……なんでもいたします、ですから……お傍にっ……)
  カタカタと震える、リヴィアの肩に魔女の手の平が触れた。ビクッと身を竦め、だが動くこともできずに主人の言葉を待ち続ける。そして――。
「……あの薬のことなら、心配はいらないわ。元々一晩で効果が切れるものだから……まぁ、あの快感を欲するなら、また調合してあげるけれど」
「――は?」
  ようやくかけられた言葉の意味を理解し、瞳を丸くしてイリーシャ様を見上げる。
「そ、それでは……つまり、その……イリーシャ様が?」
「ええ、しっかり堪能させてもらったわ。わたし以外の男に、そして女に嬲られて……無様に屈して泣きじゃくり、快感を貪る貴女の姿をね」
  要するにすべては、主人の思惑通りだったということだ。
  自分にあの場所で身体を売らせ、その事実を元締めに知らせて仕置き用の薬を与え――その薬のもたらす快感に抗いながらも結局はみっともなく懇願し、肉欲に堕ちるペットの姿を拝もうとし、リヴィアは見事にその痴態を晒してしまったらしい。
(……はっ、はぁぁ……んぐっ、で、でも……)
  とはいえ、主人を裏切るような姿を見せたことは事実だ。主人の持ち物を許可もなく他人に晒し、許される道理などない。
「……その、退屈を紛らわしては、いただけたのでしょうか……?」
  恐る恐る顔色を窺って、震える声で問いかけるが、意外なことにご主人様は緩やかな笑みを浮かべて、その温かい手をリヴィアの頬に宛がってくれた。
「ええ、十分だったわ――よく頑張ったわね、リヴィア」
「――っっ!  は、はいっ!」
  どうやら怒ってはいないらしい。そのことに安堵し、もう一度頭を下げて跪く。
(よかった……それに、イリーシャ様が満足してくださった……嬉しいっ……)
  俯いた顔が緩み、抑えようとしてもニヘッとだらしない笑みが浮かんでしまう。もしかするとこのまま帰れば、塔で素敵なご褒美がいただけるかもしれないのだ。
(い、一日中挿れっぱなしにしてもらえるとか、ご主人様のザ……ザーメンで、お風呂に浸からせていただけるとか……もしかしたら、キディ様と一緒に双穴挿しとかもっ!?)
  そんな妄想が膨らんで、たまらず下腹部が熱を孕んで、キュンッと疼いてしまう。
  けれど――。
「それじゃ……帰ったら、たっぷりとお仕置きをしてあげるわね」
「……えっ?」
  ペットに対する飴と鞭は、両方揃ってこそ効果があるということらしい。
「あ、の……イリーシャ様、ご……ご満足、されたのです……よ、ね?」
「ええ、それは間違いないわ。だけど――」
  耳を撫でる指先が、少女の柔らかな蒼髪を梳き、サラサラと流してゆく。
「わたしの所有物を、無断で穢した罪は重いわ。そうね、なにがいいかしら……」
  緩みきっていた喜びの表情が、見る間に引きつり、青く染まってゆく。だがリヴィアはその言葉に逆らうことも、反論することも、ここから逃げだすこともできない。
「――ぎょ、御意に……あたしの罪に、厳しい罰をお与えくださいませ、ご主人様」
  震える声で答えると、イリーシャ様の冷たい声音が突き刺さってくる。
「いい覚悟だわ、リヴィア。それでは楽しみにしていなさい……」
  だが、それは――。
「……とぉっても痛く、苦しく……だけど、気持ちよく……してあげるわ」
  とてつもなく温かいイリーシャ様の唇が、耳朶をしゃぶるのと同時に、だった。


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